2021年11月20日 土曜日

--土曜日。

--今日は休みだが明日はまた仕事だ。きつい。

--自分は体力があるようでない。すぐに疲れる。まあ気力の問題もあるだろう。気力がない。

--現実が崩壊し質の低いフィクションになった今、質の高い虚構にこそリアルがあるようになった。だがどんなに低品質な現実とはいえ現実は現実であり、現実から遠く離れていきるのには覚悟と準備がいる。いずれ実現させたい。こういう文章だけを書いて1日を過ごすようになる。空想と観想の日々を希求している。

--まだ世界が現在よりは幾分か架空のものとはいえ牧歌的な風情をまとっていた時代について思いを巡らすが、結果、忘れたということしか思い出せない。時間は残存しない。記憶は忘却する。感覚のなかにある感触のようなものだけが残る。忘却の少し前にあるもの。

--自分はそれほどものに執着したくないのはこの「忘れた」という感覚をものは妨害する側面が少なからずあるかだろう。忘れた感覚とは実体を持たない。しかし「経済」はこの忘れたという感覚を経済の永久運動のなかで否定させようとする。物神崇拝。

--バタイユの「内的体験」はいっそう重要になるだろう。

--20世紀思想を捨て去ることに意味があるわけでもない。何を見出すかの差異である。

--小さな声と弱い思考。フラジャイルの時代、その再来。90年代リブート?

--2020年代は「雨」の時代になるのではないか。