2022年2月23日 水曜日

--今日は労働が休み。祝日でもある。珍しい。

--少しだけ長く眠ると(つまり朝起きるのが遅いと)、やや体力が回復した気がする。要は睡眠か。

--音楽から感じる距離感。排除と選別が日々行われている。商売だからか。共同体維持故か。両方か。

--映画「ドライブ・マイ・カー」、少し見たけどジェネリック村上春樹だった。原作にない要素が春樹の他の小説から雰囲気や要素を持ってきてる。「閃光のハサウェイ」もジェネリック富野由悠季だから世界はジェネリック化が進んでいるのだろう。ただ「ドライブ・マイ・カー」を観ると世界で高い評価云々は関係なく、良い悪いでもなく、「日本映画」だなと思った。カットの長さが日本映画というか。そう思うと「閃光のハサウェイ」もカットの長さが日本映画的なんだなと思った。反対に富野由悠季は30年前から今のMCUなどのハリウッド映画的なカメラワーク(カメラからの視線)を実現していた。つまりカメラが対象を追い続ける視点だ。これは富野がロボットアニメで映画を作るという認識から至ったものだと思うのだが、そう思うと映画の現代化において「乗り物」がカメラの視点の変化と拡張を与えたのではないかと思う。MCUのアイアンマンのスーツも「乗り物」といえるだろうし。

--用事があって外を歩くだけで不愉快な思いをする。若者からも中年からも小馬鹿にされたり、ひどい暴言を吐かれたり、軽く暴力を受けたりする。私のような弱そうで醜い中年男性はどこでもこんな扱いしかされない。分かってはいるが心が悲鳴を放つ。辛いものだ。耐えるしかない。

--この「日記」ではあまり読んだ本や聴いた音楽には書かないようにしてきたが変えるか。どうするか。正直ガイド的なものは面倒。

--言葉は自律している存在だ。言葉が先にあり、思考はその後にある。

--「光」を希求すること。それは言語を超えた超越的な「現象」に対する渇望でもある。現象は閃光のようにその瞬間に生成する。爆裂的に。刹那に。それはつまり音楽かもしれない。

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