Evan Parker Electroacoustic Quartet『Concert In Iwaki』(Uchimizu Records)

 

   エヴァン・パーカー・エレクトロアコースティック・カルテットのアルバムである。パーカーが90年代に入ってから活動を始め、ECMからもアルバムがリリースでも知られるパーカーのエレクトロアコースティックのプロジェクトだが、私見ではこのアルバムがある意味ではその最高傑作ではないかと思う。

 とにかく圧倒的なCDだ。演奏、録音、一枚の盤として質.すべてが素晴らしい。サックスと電子音響の交錯と融合していくさまに言葉を失い、アルバム収録時間の1時間ほどのあいだ耳をそばだて、聴覚を全開にし、ひたすら聴きいってしまった。

 音を聴いていたと同時に、この音が鳴らされていた「空間」を聴いていたような気がする。こんな体験はひさしぶりだ。全3曲、どれも20分超えの長尺だが、ミニマルでありながら変化を遂げ、しかもその音響の精度が素晴らしいので一瞬たりとも聴き飽きない。聴き逃せない。

 2000年にいわき市立美術館で行われた本カルテットのライブ録音だ。22年前(!)の録音だが古さは一切感じられない。2021年、2022年の演奏・録音といってもまったく遜色ない。いまだに鮮烈、新鮮な演奏であり、音響であり、録音なのである。

 なぜだろうか。それは、この録音にしかない音響空間が確実に生まれているからではないか。即興演奏と電子音響、その二つの磁場が見事に交錯しているのである。刷新された音響空間が聴覚を広げてくれるとでもいうべきか。エヴァン・パーカーのサックスと、パーカッションを担当するポール・リットン、ジョエル・ライアン、ロレンス・カサレィらによるエレクトロニクスがひとつの空間のなかで自然に、有機的に溶け込み、豊穣な音響空間が生成されていく。いわば演奏と音響とのあいだに「空間」「空気」が存在するかのようなのだ。音と音。音と空間。空間と空気。空気と音。パーカーのサックスとエレクトロニクス、コンピューターによるループなどが見事に溶け合い、融解し、「空気」を生成していく。

 まるで日本の雅楽のようなサウンドスケープだ。サックスと電子音響が融解し、清洌な音響空間が持続されていく。高い音。ざわめき。掠れ。持続。消失。生成。音たちが、生まれ、溶け合い、消えゆくさまは圧倒的としかいいようがない。かといって迫力で無駄に圧倒する演奏ではない。静謐ながら切れ味の鋭い達人の技のごとく張り詰めた緊張感が漲っているのだ。緊張ゆえの沈静。楽器と電子音楽の交錯。まさに真のエレクトロアコースティックインプロヴィゼーションではないか。

--

 演奏と録音は素晴らしさは当然として、このアルバムを制作された方々の叡智がこのCDに結晶しているのだろう(ミックスをジョエル・ライアンが手がけていることも重要か)。一枚の録音芸術作品としてここまで密度の精度の高い作品なのである。

 ライナーノーツを執筆されたのは、畠中実氏。その的確な評はこのアルバムの聴き手に素晴らしい指針を与えてくれる。アートワークもふくめてCDというプロダクツを作り上げるという気概を感じさせてくれた。何もかもが流動的になっていくこの時代において、「作品」が「存在」することの強さと意味を改めて思い知ったアルバムであった。