崩壊、不可避のイマージュ

 タルコフスキー旧ソ連邦の映画作家ですが、しかし彼はパリで亡くなりました。では彼にとって故郷であるソ連邦の記憶はどうだったのか。遺作となった『サクリファイス』を観ると、それは幼年期の甘美の思い出と共に、あるいはそれ以上に崩壊と破壊と終末に結びついているように思いました。そこでは人間が終末直前の状況でパニックになったり諦めたりしたりしながら、しかしようやく訪れる深い諦念のなかで崩壊する「故郷」を、何かひとつのイメージに託しています。

 そのさまは、世界をひとつのイマージュに託すということかもしれません。言葉を変えれば世界をイコン化することでしょう。イコン化された世界は純粋であり、ゼロであり無限でもあり、素朴でもあり、崇高でもあります。イコンはモノでありモノではない。いわばイマージュです。イマージュとは虚像でもあり虚構でもあり真実そのものでもある。

 虚構とは世界です。世界とは現実です。現実と虚構は反転しつつ同じものでもあります。私は、タルコフスキーは世評とは異なり、映画作家としては不器用な作家だったと思います。彼は映画的持続を生きることができず、常に「世界」の側から映像・イマージュにアクセスし、どうにかイコンを得ようと試行錯誤を続けてきた人だった。彼は映画というものをたまたま作っていましたが、それは映画という20世紀メディアこそがこの世界の「崩壊」を描くことに適していると認識していたからかもしれません。彼の演出はいささか大仰だし、大雑把だし、審美的すぎる。しかしあるカット/シークエンスはとてつもなく素晴らしい。映画に対しては極めて不器用に接していたように感じられます。では彼が希求していたのは何か。それは動く映像である映画でなく、一瞬と零秒と無限が結晶したような「イコン」的なものだったと私は考えます。

 ならばタルコフスキーはなぜ「イコン」を希求したのでしょうか。おそらくは崩壊と終末の予兆の中において、永遠と無限を一瞬に結晶し、無限から未来を希求したかったからではないか。もしくは終末の予感のなかで心の平穏を託すような「何か」が必要だったのかもしれません。亡命に追い込まれた/亡命に追い込まれる映画作家が、何らかの「終わり」を意識しなかったはずはないでしょう。

 終わりが無限へと結びつくのも、終わりが零へと結びつくのも、そこからの救済として永遠が生まれるのも必然で、タルコフスキーの映画はそういった「イコン」を希求する過程でした。その最初の結実が、遺作となってしまった『サクリファイス』だった。ゆえに彼のイコンへの希求は中断させられたものでもあるのです。