2026/05/06

・連休も本日で終了。思えばあっという間。逆に随分と長かったようにも感じる。いやもっと続いて欲しいが。

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・数日前、2000冊本を溜め込んだ人の新聞記事を読んだ。問題は冊数ではない。この人はいわゆる「ひきこもり」だが、大学に入学し、卒業論文を書こうと思い本を買い漁ったがまともに読み終えることなく書い続け、論文は書けなかったというのだ。結局、何十年も在籍した大学を中退したのだという。

・長い文を書くために(資料として)本を買い込み、その挙げ句に書けないという意味では自分とまるで同じだなあと思った。「自分以外の何かになりたい」がために本を買い込んでいるんだろうなと。そこも同じだ。この方の場合、いじめの後遺症から生まれた依存症のようだけど。

・結局、自分も「自分以外の何かになりたいがために本に依存している」のだろう。だがそれは無理だ。本は自己を拡張してはくれるが変身させてくれるわけではない。まずは自分というのはどこにあるのかを見出さないと何もできない。よって自分は何もできなかったわけだ。ともあれ何か自己を客観的に見れて良かった。

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・今の時代、哲学者はきついだろうなと思う。ファシズム社会が訪れるのはほぼ明白なわけで。そんな時代、では哲学に何ができるのか。無力感に苛まれるのではないか。

・今「考える人」にできることはこれから訪れるファシズム社会を見越した上でどう生き残るか思考するか、さらに時間を飛ばして新しい「戦後」社会を考えるしかないように思う。

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・美しい、美しい歌曲集だった。これまでと作風の変化があれど良かった。傑作。

2025/05/05

・李氏さんという新鋭音楽批評家の方が編集長をつとめる音楽ZINE『痙攣』の新刊『「ポストエクストリームの時代に向けて」——痙攣的2020年代上半期ベストアルバム』に文章を書かせて頂きました。

・電子(PDF)でのリリースですが、天才デザイナー・永良新氏による圧倒的かつ先鋭的なデザインは、いわゆる「電子書籍」の領域を刷新するほど凄まじいものです。

・自分は、次の4作ののレビューを書かせて頂きました。光栄すぎることです。

 Boris with Merzbow『2R0I2P0』
 Rainy Miller & Space Afrika『A Grisaille Wedding』
 The Cure『Songs of a Lost World』
 world's end girlfriend『Resistance & The Blessing』

・私の文はともかくとして(頑張って書きましたが)、このZINE、読んでほしいと思います。ここで書かれている2020年代上半期の音楽の動向を抑えておくことは必須ですので。

zinekeiren.thebase.in

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・ここ最近アカデミックな音楽や言説へのコンプレックス(憧憬も含む)がなくなって良かった。アカデミック。それは自分ではない。そう理解できたことで解放された。

・自分は自分でしかないし他の誰かと交換などできないという当たり前の事実。本当は若いうちにこれを理解してここから始まるべきだしそうする人も多いのに私は愚か故に今の今までかかった。でもまあ良しとする。

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・テープループオーケストラの新譜を聴く。変わらず良いです。蒸気的質感のアンビエント・ドローン。夢の中の音響のよう。

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・連休も明日で終わり。あっという間だったな…。

 

 

2026/05/04

・連休3日目。何もせずに時間が過ぎて、今日を抜きにすれば連休もあと残り2日。早いものだ。2日もゆっくり休んでいたら体は少し回復してきた。最初の5/1も休んだのだが免許の更新に行ったりしてそれはそれで疲れた。

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・いわゆる「文化芸術系」で自分と正反対の人の考え方の存在は認めるとしても、なるべく距離を置いた方が良い。時間と精神の無駄使いに終わる。

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・ハン・ガンの本を読んでいると時折泣きそうになってしまう。なぜだろうか。ことさらに感情的な小説ではないが、歴史と個人のあいまで儚くも強く生きている個人の意志を思い浮かべるからか。しかしハン・ガンは弱くはない。小さな、儚さを認めた上で強く生きること。最近はすぐに取れるところに『すべての、白いものたちの』の文庫本を置いてある。私はここで人間になれる。

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・Carl Michael Von HausswolffとChandra Shuklaのコラボレーション作品を繰り返し聴いた。遠く異国の都市の雑踏。次第に拡張する透明な電子音響。その交錯。その融解。その消失。フィールドレコーディング/電子音響作品として素晴らしい出来栄え。存在しない音だけの映画のようでもあるし、記憶のようでもある。音響の空間性と電子音の質感、その見事な交錯。音響が夢の中に出来事のように拡張する。音響と記憶の結晶体。もしくは痕跡。

・Carl Michael Von Hausswolff、いまやAnna von Hausswolffの父親といった方が通りが良いかもしれない。

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・管理社会の規律を守るべき存在として役割つけられていることと、消費社会のサービスを受けるものという立場に分裂している現代人は、その両極の間で無力感に苛まれ抑鬱状態になる。

・その状態を「強引」に脱するためには快楽の享受者になるしかない。昨今の「ドカ食い」などもまさにそれであろう。倒れるほと過剰に食べる。死なないために死にそうになるということ。

・その果ては体を壊すという未来しか待っていないのだが、管理社会の規律を守るべき存在として役割つけられていることと消費社会のサービスを受けるものという立場に分裂した結果、常時無力感に苛まれた現代人は、この無力状態を脱するために、自らの体を痛めつける快楽しかなくなるわけだ。

・音楽に当てはめるならばこれはhyperpopそのものだろう。過剰な情報の圧縮と解凍。その摂取として音楽。ここにある種のチル作用があることはいうまでもない。

・アンビエントとhyperpopは表裏のようなものなのだろう。抑鬱的な落ち着きのなさ、不安を解消するような音楽として2020年代において消費されてきた。

・アンビエントはいまやブライアン・イーノのテーゼから離れてきたように思えるが、しかしおそらく本質はそう変わっていない。空港で聴いても聴かなくてよい状態で流れている音楽は拡散しそうになる身体の運動に適度な拘束を与えていたのではないか。

 

2026/05/03

・連休2日目。連休はあっという間に終わる。特に用事があるわけでもなく、ただ労働が休みなだけなので、単に収入がないだけの状態ともいえる。非常に不安になる。漠然とした不安などではなく、単に具体的な収入の不安である。

・とはいえ労働は大嫌いなので、何もしないで寝てられるだけの時間が嬉しい。まあ休みは嬉しいです。収入なんてどうでもいい。

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・私たちの魂/生を奪い去る残虐な資本主義下で生きること。欲望。暴力。抑鬱。依存症。メンタルヘルス。殺伐。そしてマキシマムにエディットされるサウンド。ヒップホップでありながら、ある意味ではニューウェイブの現在形のようでもあるし、インターネット初音楽の最新型でもある。真っ白なアートワークの向こうにあるディトピア。いわば2026年のエクスペリメンタル・ヒップホップにおけるserial experiments lainか。これもまた今年を代表する1作ではないか。

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・この現代を覆う抑鬱とメンタルヘルスの問題は昨今話題になる音楽の「テクスチャ」の問題に繋がってくるように思う。

・00年代的な音響=テクスチャー聴取ではない(には欠けていた)心と体の問題を補完する、というより一定の安堵と治癒を得ることができる「テクスチャ」。おそらくここに2020年代中盤の音楽を分析する鍵がある。

・ASMRがなぜこうも普及したのか。今、人はこの過剰な労働と徹底した管理に疲弊し切っている。ネットは私たちを休ませてくれないし、常に搾取し、強奪する。そこからの逃避としての「テクスチャ」。

・美学とテクスチャ。この二つが現在の音楽に通底するテーゼだ。

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・坂本龍一『async』(2017)は今こそ、現代的な「テクスチャ」的音楽の先駆として再評価すべきではないか。メンタルと身の治癒と音の肌理を聴取する音響音楽として。思えば『async』も『12』も坂本龍一の病と無縁ではない作品だ。2026年の若者たちに『async』を聴いてほしい。

 

2026/05/02

・昨晩は疲れが溜まっていたのかすぐに寝てしまった。単純に歳のせいだろう。体力がなくなった。すぐに疲れる。足腰が痛い。完璧に歳だ。

・noteの記事ってどれもこれもレベルが低い。SNSと変わらないレベル。一見「記事っぽく」書いてるのが多いが内容が薄い。強烈に薄い。いや薄いだけなら良いのだが、その割に何かに批判的だったりする。これが辛い。

・noteはホームにいろいろな記事がまとまって表示されるため間違ってたまにそれらの投稿を読んでしまうとかなり気分が落ち込む。その意味もnoteはかなりSNSっぽい。

・なのでやはり自分は「はてな」の静けさが好きなのだが(他記事へのリンクはそこにいかないと見えない)、広告がかなりうざい。有料にすべきかどうか。

・Ben VIdaの新譜がShelter Pressからリリースされた。本作も2023年に発表されたBen Vida w/ Yarn/Wire and Nina Dante『The Beat My Head Hit』と同じくと同じく「声」を中心としたアコースティック楽器のアンサンブルによるミニマルな音楽。柔らかく静謐。真夜中の蝋燭の光を愛でるような音楽。こんな静かで美しい音楽が今の時代に存在すること自体が「奇跡」のようなものだろう。Shelter Pressの活動は敬意しかない。

 

2026/05/01

・ギリギリで年許の更新に行く。面倒だからつい先延ばしにしてしまっていた。免許の更新の講義。その形式性にうんざりする。

・自分はペーパードライバーだし今後も運転することもないから免許を返納して運転経歴証明書を発行しようとかなと思った。

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・一応、今日が連休初日ということになるのかと思い、特に何も用事がないのでブログの日記くらいは書くかと思った。

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・音楽について書くことについて自分は下の世代からこの15年ほどずっと嫌味を言われ続けた。むろん彼らのいうことももっともだし、自分はとにかく軽薄で言葉が軽く底が浅い愚か者だ。反省しかない。自分がいかにダメな人間か教えてくれたようなものだ。

・同時にいくら指摘されても直すことができない自分の無能さを知った。人としての限界。

・私は自分より若い今の30代が怖い。なぜなら彼らは私のような無能で愚かなものの歳上を徹底的に批判し否定するからだ。私は治したいと思うがしかしいつもできない。そしてまた否定される。ずっと否定される。ずっと愚か者として指摘される。ずっとどこかを細々と指摘され否定される。しかしそれを直すことがどうしてもできない。これは私の人格的な欠陥としか言いようがない。

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・こんなことで生きていく意味も資格もないのではないかと思った。これからさらに歳をとるしどんどん人間としての能力が、今以上に落ちていくだろう。そうなってしまうとさらに愚かなことをしてしまうはずだ。

・今の自分は安楽死ができないかと考えている。もちろんもう少し生きる必要があるのですぐにではないが。

・ゴダールが行ったスイスの自殺幇助は費用が150万から200万程度であり、「重い病気や耐え難い苦痛を抱える人」が対象という。それに自分が当てはまるか分からないが200万程度なら頑張れば貯金できそうな気もする。

 

 

 

 

 

2026/04/22

・時が経つ。時が経つのは無だ。いつのまにか過ぎている。時間とはかくも驚異。かくも恐ろしい。無なのに質量がある。

・世界も、日本もおかしくなっている。だがそれが本当の世界なのか。米国の圏内に視野が囚われてはいないか。しかし日本がおかしくなっていることは事実だろう。すべてが狂っている。

・ではどうすればいいのか。というか何をしなければいいのか。

・過酷な世界とはそれと気付かされないまま訪れる。

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・フォーレの「レクイエム」を聴いて泣きそうになってしまった。異教/異郷へのノスタルジアか。悲しみから安らぎへ。深淵から真夜中の光へ。