2021年・年間ベストアルバム40

●2021年は混乱の一年だった。7月、コロナ禍、その行き先が不透明な状況の中、かつての「戦後」の残骸のような東京オリンピックが開催されてしまい、90年代以降、日本のポップミュージックシーンにおいて名を成したある音楽家が社会的に葬られた(私は彼の復帰はあってしかるべきだと考える。もちろん本人の意志次第だが、彼を社会的に抹殺し、仕事を奪うことがそもそもの問題の解決にはまったくならないと考えるからだ。初期報道の誤り、本人の反省、メディアの反省、そしてわれわれインターネットを使うものの反省。さらに何よりわれわれ人間全てに内包している他者への加害行為の問題の自省と反省。それらを踏まえ、新しい一歩を踏み出すことが未来を作ると私は考える)。

●それ以外も政治、経済、事件など社会問題は相次いだ。そしてそのどれも解決不可能であるかのように膨張していった。SNSでは次から次へと「社会問題」が入れ替わり制のように話題になり、炎上し、消費され、忘れられていった。もはや正気の沙汰には思えなかった。人の人生を弄ぶかのような所業に思えた。

●だがそれすらも次第に現実感を失ってきた。まるでこの一年のあいだにわれわれはまるで安易なループもののSFアニメのように同じ世界をリセットしては反復していったのではないか、と思えるほどに。ありとあらゆることが起きているのに、ありとあらゆることに現実味がない。社会と現実と人間と現在がすべて乖離している感覚。これこそSNSが社会に浸透した社会なのだろうか。であるとすればここはディストピアだ。

●このような時代、現在の現在進行形で音楽を聴くことは自分にとって困難を極めた。もちろん実際はずっと今までどおり新譜を楽しく追いかけてきたのだが、あるとき立ち止まると、それらが現在の空気とどんどん離れていってしまうような気がしてしまうのである。 

●自分が愛好してきたアンビエントやエクスペリメンタル・ミュージックほど社会の深層・無意識と繋がっているものはないと私は思ってきた。それは抽象的な音楽であるが故に聴く側の心理をやすやすと反映してしまうから。不定形、侵食、無意識。その結晶としてのサウンド/アート。しかし今年はそれが極まってしまった感があった。

●その結果、今年のアンビエント音楽が、ひとつ(にして複数)のムード、ひとつ(にして複数)の無意識の中に溶け合ってしまっているような印象を持ってしまったのである。これは個々の作品が似通っているというわけではない。冷静にひとつひとつ分析すれば、極めて高品質なアルバムが多かった。

●中でもアルヴァ・ノトの新作『HYbr:ID I』は新たな境地を展開し、電子音響作品では間違いなくベストだった。また、コロナ禍におけるロックダウン時に制作されたという背景があるアルバムとしては、イーライ・ケスラー『アイコンズ』は本年のアンビエント系譜の作品を代表する一作だろう。さらにヘルムの新作『アクシズ』はインダストリアルの先にあるようなインダストリアル/シューゲイザーとでもらいうべきサウンドを展開していて、まさに傑作というべき仕上がりであった。

●だがしかしそれでもアンビエントはすべて私の意識の中で溶けてしまっていた。記憶回路が壊れてしまったのだろうか。どれも素晴らしかったのにどれも記憶にない。そうなると困ったことに年末恒例「年間ベスト」をまとめることがどうしてもできなくなった。確かにアルヴァ・ノトとヘルムとイーラオ・ケスラーが突出している。がこれで終わってしまう。そのうえアルヴァ・ノトは別の年間ベストで一位に選んだし、ケスラーはライナー執筆にも幸運にも関わったのでベストにあげることはあえて控えた。アンビエントやエクスペリメンタルだけで選出すると、どこか今年のムードとは違うと諦めた。そもそも聴取の記憶がループ的社会を反映し、融解し、もはやどれが「最初の世界」かすら分からない状態。つまり自分の記憶に明確な輪郭線をひくことができなくなったのである。もちろん加齢による記憶力の衰えかもしれない。

●しかし一方で「私にとっての2021年」とはなんだったのかという思いもあった。それはアンビエントでもエクスペリメンタル「だけ」ではなかったのだ。ああ、そうだ。音楽をジャンルで捉えてはだめなのだ。だから今の気分を捉え損なったのだ。知らず知らず私は音楽をジャンルで縛っていた。そう思うと気分が変わった。真の2021年における私の音楽的光景が見えてきた。

●今ここに40作選出したアルバムは、先に書いたような「気分」を濃厚に反映し、厳選した作品です。順位はあくまで今年の「気分」の濃厚さを反映してものであり、かりそめのものにすぎないかもしれません。選曲・プレイリストの順番のようなものと思ってください。そして2022年はまた違う気分になっているでしょう。しかし「気分」は重要だ。音楽は「気分」という名のアトモスフィアを生成している。そう考えるから。無名なものもある。有名なものもあります。もっと綺麗な他の選び方もできたかもしれない。しかし自分の耳と心に向かい合って、対話した結果のリストです。本当に「今」の気分で選んだアルバムたちです。2022年の光へ。

●最後になりましたが、今年もツイッターのTL、インターネットのメディア、ブログなどでたくさんの音楽を知りました。今回、選出したアルバムも同様です。無限に音楽情報が拡散している現在、自分だけではもはや音楽をみつけることは困難です。特にツイッターでフォローさせていただいている音楽好きの皆さま、本当にありがとうございました。私たちの「音楽」はここにある。そう確信しました。幸福がこの素晴らしい音楽好きの方々に降り注ぐように。ありがとうございました。

 

--

1
sonhos tomam conta『wired』(Longinus Recordings)

sonhostomamconta.bandcamp.com

サンパウロシューゲイザーというのだろうか。ブラックゲイズ的というのだろうか。自分はそのあたりの音楽にそれほど詳しくはない。ただ遠く離れた国で生まれたこのサウンドにも関わらず、日本の「今ここ」にあるムードに間違いなくアジャストしているように感じられたのだ。その驚きがあった。ノイズ、叫び、甘いメロディ、不穏、不安、メンタルヘルス、壊れた自我、救済。重要なことは90年代末期のリブートだ。がしかしこれはノスタルジアではない。今この時代の問題である。90年代アニメ『serial experiments  lain』の持っている世界の不確実性・不安がシューゲイズ/ブラックゲイズ的なサウンドの中に融解しているとでもいうべきか(本作のアートワークもまた岩倉玲音の目である)。叫び声やバーストするリズムが、シューゲイズ的なノイズの中にかき消されていくとき、個と世界の消失と拮抗が同時に鳴らされている。このサウンドがもたらすものが、2021年、この今の時代のムードを象徴する作品のように「ウテナ」と「lain」を繰り返し観ていた自分の気分にとても浸透した。繰り返す。これはノスタルジーではない。不安。不確定。消失。集合的無意識。インターネット。ワイアードSNS主体のインターネットが飽和しつつあるこの時代だからこそ90年代末期の無意識の集合的不安の問題が、さらなる(新たな)リアリティをもって迫ってくる。つまり感じるべきは/思考するべきは90年代末期の新しい蘇生なのである。最終曲“anime de mecha”を聴くたびに私は深く静かに感情が動かされる。ここに横溢している不安、不穏、穏やかさ、激情、悲しみが、美しいメロディとノイズの呑み込まれていくとき、自分は2021年の集合的無意識を聴いた。失われたノスタルジーと現在の実存的不穏感覚が交錯する本アルバムを2021年の筆頭に上げたい。

 

2
Sewerslvt『We Had Good Times Together, Don't Forget That』(Not On Label / Self-released) 

sewerslvt.bandcamp.com

オーストラリア・シドニーのエレクトロニック・アーティスト。グリッチしたアニメーションのように暴走するドラムンベースと夢見るような旋律の欠片。ここにも断片したサウンドがノイズと化すことで、自らの実存的不安たちとシンクロするような音楽を生み出している。夢見ることすら不穏の中に溶け合ってしまう時代へのパーソナル・レクイエム。この音楽もまたこの時代の今ここのメンタルヘルスの問題へとアジャストしたものとなっている。壊れることを美しくすること。そこにはノイズのような涙がある。その心の救済はどこにのか。

 

3
Skyshaker『Novox 10』(SVBKVLT)

svbkvlt.bandcamp.com

NY在住のSkyshakerが香港のレーベル〈SVBKVLT〉のカタログの音源を、同レーベル所属の10名のアーティストたちの賛同を得て見事に形にしたミックス・アルバム。だが、これはまさにSkyshakerによるひとつの作品、つまりアルバムとすべき作品であろう。歴史から社会から世界から消失させられた声。その声たちが亡霊のように蘇生すること。抑圧と差別への静かな怒り。世界に復讐するための透明な意志。「黒人差別とゼノフォビア(外国人嫌悪)によって黒人の声が封じられた10年間を記念する電子音楽のコレクション」としてのアルバムが本作だ。この抑圧と差別が蔓延する世界にあって電子音楽はどのような音を鳴らすべきか。黒人とアジア人。世界と個人。声を奪われた歴史を捉えて明日へのエレクトロニック・ミュージックの煌めきを鳴らす。

 

4
Yikii『Crimson Poem 深紅之詩』(Danse Noire)

yikii.bandcamp.com

中国吉林省長春市で生まれ育ったアーティストのアルバム。抑圧のなかで夢みた世界はジャパニーズ・ポップ・カルチャーの極彩色の世界か。「世界」はいまだ地下に沈んでいる。闇から漏れる僅かな光。メランコリックな旋律の夜の中の光のようなシンセサウンド。アジアのゴシック。その魅惑と混合。現実が嘘で、虚構こそが現実。その夢うつつの世界こそが真実。

 

5
Ulla『Limitless Frame』(Motion Ward)

motionward.bandcamp.com

彼女は天国を描く。だが天国は夢の中にはない。闇世を疾走する馬のように、世界から遠く離れようとする気高い意志と現生の中にある。残酷な世界からの逃避こそが美からの闘争でもあること。そしてそれは自分で自分を抱き締めること。そう、本作はこの過酷な世界で自分自身をいたわるためのサウンドトラックである。夢と現実のあいだにある闘争とケア。セルフケアのアンビエントは、しかしこの世界の不穏さを写す鏡のようでもある。

 

6
JPEGMAFIA『LP!』(EQT Recordings)

LP!

LP!

  • ジェイペグマフィア
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥1935

music.apple.com

ラップ・ミュージックが世界を席巻した姿は資本主義の外側はないということの証明であり、われわれはこの世界の内部で闘争するしかないということの現実を突きつける。その闘争は憂鬱を呼び起こし、ラップ・ミュージックにブルースを生む。悲しみと戦い。生存と神の希求。JPEGMAFIAはこの状況のなかで徹底定に無邪気であることの闘争戦略を選び取っている。エイフェックス・ツインとラップミュージックを交錯させ、チャイルディッシュでピュアな音楽を展開することで憂鬱も闘争も夜の煙の中で溶かしてしまうような音楽闘争。戦いは遊びであり、遊びとは戦いではない。インダストリアルからアンビエントまで呑み込んだサウンドはストリーミング時代の引用と応用がどういうものかも差し示す。10年後、20年後に彼の遊戯=戦略も正しさが証明されるだろう。

 

7
Vlimmer『Nebenkörper』(Blackjack Illuminist Records)

blackjackilluministrecords.bandcamp.com

ベルリンを拠点とするAlexander Donatによるプロジェクト。ダークシューゲイザーを超えて、不穏さに満ちた終末世界論的な音楽であること。ディストピアの中でも咆哮、衝動、夢。瞑想。打ち続けるリズム。乾いた声と咆哮。柔らかいシンセ。ディストピアからユートピアへ。そう、闘争と平和。闇と光。まさに「グライム・ウェイヴ」がここにある。

 

8
Deafheaven『Infinite Granite』(Sargent House) 

deafheavens.bandcamp.com

デフヘブンの新作には不思議と60年代的なヒッピーイズムを、もう一度再生・蘇生することで、メタリックなサウンズ/世界を経由した上でのネオ・コミュニズム、もしくは新しいユートピアを希求するような音楽的意志を強く感じた。もちろん私の妄想かもしれない。だがブラックゲイズのサウンドからシューゲイズを経た先にあるサイケデリアを聴き込むと私にはそう感じられてならないのだ。このアルバムが専門家方面にどう評価されているのかは私には分からないが、しかし自分にとっては2021年における新しいサイケデリアを確かに聴き取ったのだ。それは陶酔ではない。いわば覚醒のサイケだ。自分にはこのアルバムとザ・ボディのアルバムが月の表と裏のように存在する。

 

9
Helm『Axis』(Dais Records)

hhelmm.bandcamp.com

破滅。破滅後の世界。ポスト破滅電子ノイズ。この音楽は破滅を経た新しい光を鳴らす。壊滅的なマシン・ノイズ。壊れたサウンド・スケープ。それはなぜかこの極東の国のノイズ・レクイエムのように私には聴こえた。むろんヘルムはそんなことを考えてもいないだろう。しかし、あの「東京オリンピック」以降の東京で、このサウンドを聴くと、この時代の、この国のサウンドトラックにしか聴こえないのだ。時代は「AKIRA」を求めているのか。インダストリアル以降の世界がここにある。

 

10
aya『im hole』(Hyperdub)

aya-yco.bandcamp.com

人間の新生はエレクトロニック・ミュージックのなかにある。研ぎ澄まされたサウンド・デザインはその「新しさ」で、今ここをいとも簡単に刷新する。そこにあるには「この世界」「この人間」への不確実性である。人間を超えること。人間を捨てること。人間であること。不穏さに満ちた時代の複雑性のダンス・ミュージック。Hyperdubがこのアルバムをリリースした功績は永遠に讃えられるだろう。

 

11
Dean Blunt『BLACK METAL 2』(Rough Trade)

roughtraderecords.bandcamp.com

ディストピアからユートピアへ。これが今年の音楽に横溢していた(希求していた)感覚ではないか。ということはつまりヴェイパー・ウェイヴ以降の世界ということだ。システムに抗い続けた彼は真のヴェイパー・ウェイヴニストだったのかもしれない。混沌から救済へ。しかしどこかすべてを「嘘」とするような感覚。やはり徹底的にアンチ・システムの人なのだろう。

 

12
Arca『KICK ii』『KicK iii』『kick iii』『kiCK iiiii』(XL Recordings)

kiCK iiiii

kiCK iiiii

  • Arca
  • エレクトロニック
  • ¥1528

music.apple.com

Arcaは希望だ。彼女は人間の本質がミュータントであることをわかったうえで、いやだからこそ自らの生贄に捧げるかのように音楽を作り続けている。神的存在とでもいうべきか。越境した存在。超越した存在。このシリーズはおそらく全作でひとつの作品だ。巨大であることが個的であること。無限に拡張することがすべてパーソナルな領域であることを見事に示している。まさにサクリファイスサウンドであり、その音は過剰なまでに美しく、途轍もなく悲しい。その悲しみの果てにある喜びとは何か。複雑にして単純な愛の形のような音楽たち。※リンクは『kiCK iiiii』

 

13
Loraine James『REFLECTION』(Hyperdub)

lorainejames.bandcamp.com

この世界はすべてが反射している。反射によって生まれるアート、音楽。エレクトロニック・ミュージックの今はこうして眩いばかりに光に包まれて弾み、煌めく。2021年のエレクトロニック・ミュージックはHyperdubの年だった。暗い一年を照らす「光」がここにはあった。

 

14
Grouper『Shade』(Kranky)

grouper.bandcamp.com

至宝。至宝としか言いようがないアルバムだ。霞んだ光。薄明かりの静寂。00年代以降の音楽にGrouperがいることは、すべてのこの種の音楽を愛する者たちの希望だ。簡素なフォークではない。ここにあるのは旋律とコードと声とヒスノイズによるクラシックともいうべきモダン・フォーク・コレクションである。もう一度、言う。至宝だ。

 

15
Kraus『View No Country』(Terrible Records)

willkraus.bandcamp.com

轟音の中に消されそうになる声。旋律。甘いノイズとメロディの交錯と生成と消失。2021年から遡ること30年。マイブラが生み出した「ラブレス」の遺伝子がもっとも深化した形で示されたKrausのセカンド・アルバム。新しい世代のシューゲイザーにはすべて彼らの実存的な問題がなられているように思う。心。光景。世界。夢。現実。ヘッドホンをつけてこのどうしようもない世界を溶かせ。

 

16
Parannoul『To See the Next Part of the Dream』(Longinus Recordings)

parannoul.bandcamp.com

韓国のシューゲイザー・アーティスト。韓国人青年のPCの中に生まれたシューゲイズ・サウンドには、その霞んだ音色と割れるような音響の中に美しいノイズと霞んだ声と繊細なメロディが鳴り響く。観たこともないような本当の青空の喪失が、美しいノスタルジアの結晶として鳴り響いているかのように。何より曲が美しい。ノイズと儚い歌謡性の交錯。この歌謡性にこそParannoulのロックとしての魅惑がある。ありえたかもしれない普遍的でパーソナルな青春の煌めきはハードディスクの中に生まれた。

 

17
Ophidian『Call of the Void』(Thunderdome Music)

Call of the Void

Call of the Void

  • Ophidian
  • ハードコア
  •  

music.apple.com

破壊と想像。衝動と構築。インダストリアル・ハードコアの極か。美しい旋律と攻撃的なビートの炸裂。シンフォニック・メタリック・インダストリアルな音楽が放つ瞬間の美。

 

18
Lingua Ignota『Sinner Get Ready』(SARGENT HOUSE)

linguaignota.bandcamp.com

個であること。個であることの叫び。尊厳。残酷な世界への怒りと悲しみパーソナル・オペラとしてのロック・アルバム。傷、悲しみを癒すには、この世界はあまりにも過酷だ。だからこそ音楽がある。失われた「顔」をその「声」によって取り戻すために。

 

19
Pan Daijing『Jade』(PAN)

pan-daijing.bandcamp.com

中国出身のサウンド・アーティストの新作。自らを生贄に捧げつつ、神に解放を希求するかのようなメタリック・シャーマン・ドローン。漆黒の世界から響霊的持続音。声と持続音によるドローン・オペラ。

 

20
Health『DISCO4+』(Loma Vista Recordings)

youwillloveeachother.bandcamp.com

 衝動と構築。インダストリアルとハードコア。「今ここ」の地平でもっとも同時代的なリアルはヘルスかもしれない。これはいわゆるリミックス/コラボレーション・アルバムだが、彼らの音楽・サウンドが圧倒的に拡張されていてオリジナル・アルバムに匹敵する衝撃と快楽がある。赤の衝撃。

 

21
black midi『Cavalcade』(Rough Trade)

bmblackmidi.bandcamp.com

ハードコア・ノーウェイブ・プログレッシブ。彼らのロックは現在のロックの象徴だろう。陰謀論。衝動。破壊。ユーモア。歴史への懐疑。black midiの音楽はトマス・ピンチョンの小説作品に通じる芸術だ。2021年のロックとしてはある種の理想的な姿がここにある。帝国と英国への批評、光合成。そして来るべきサード・アルバムは、世界そのものをスキャンするような傑作になるのではないかと予感する。

 

22
Sharp Veins『Lips the Same Color』(YOUTH)

theyouthlabel.bandcamp.com

ゴーストの歌う・奏でるゴシック・ソウル。皆が死に天国へ。さあ、ゴシックの人工楽園へ。薄暗い闇に満ちた都市へ。彼は夢と現実の二つを奏でる。そこにあるのは悲しみだ。電子の世界に振る悲しみの雨のような音楽。

 

23
Grand Folly『The Noble Rot』(Not On Label / Self-released) 

grandfolly.bandcamp.com

トレント・レズナーになりたい。あなたになりたいという欲望。その変身への願望。これもまた「ロック」の欲望。声、サウンド、すべてをトレースし、すべてを蘇生し、あなたに憑依すること。あなたになること。あなたであること。ひとりの男の夢と願望によって生まれた夢のイミテーション・サウンドにはNINの未発表曲かと思わせるような徹底ぶりによって、擬態への欲望が横溢している。その結果、不可思議な色気すら放っているアルバムなのだ。そう、世界はカリスマに侵食されていく。あなたになりたい。あなたでありたい。

 

24
Visionist『A Call to Arms』(MUTE)

louiscarnell.bandcamp.com

神への希求のごときエレクトロニック・ソウル。彼の祈りこそがエレクトロニック・ミュージックを進化させる力だ。

 

25
Oxhy『Woodland Dance』(Xquisite Releases)

xquisitereleasess.bandcamp.com

ビートルズの「真実」が目の前のデバイスから誰もが目にすることができるようになった今この時代において、ミッド60年代のメディア論的実践でもあったロック・コンセプト・アルバムを創作するとはどういうことか。その解答がここにある。

 

26
Squid『Bright Green Field』(Warp Records

squiduk.bandcamp.com

若き世代のクレバーさが生む衝動が見事に形になっている。構築することで抵抗するロック。卓抜な演奏力が洗練に向かわず、衝動と叫びに収斂する。その見事さは時代を刷新する。

 

27
Perila『7.37/2.11』(A Sunken Mall)

vaagner.bandcamp.com

ダークなムードのなか、エレガントな水のごときアンビエントが生まれる。彼女の音は世界に片隅から浸透する。夜の空気。夢の芳香ようなヨーガニック・アンビエント・ノイズ・サウンド。夢と記憶のようなダーク・ロマンティック・ドローン。

 

28
Fraunhofer Diffraction『Cycle of the Rose』(Not On Label / Self-released) 

ivoryrite.bandcamp.com

光の炸裂。モスクワ・ロシアのインダストリアル・ハードコア。ピアノの美しい旋律から世界を覆い尽くす危機の予感へ。サクリファイスの予感のごときエレクトロニックサウンド。また要所で入るピアノが美しい。インダストリアル・ハードコアのの向こうにロシアピアニズムの影とでもいうべきか。

 

29
HTRK『Rhinestones』(N&J Blueberries)

htrk.bandcamp.com

メルボルンの二人組が奏でる安らぎとゴシック・フォークだ。フォークとカントリー。光と闇。ギター、声、僅かなエレクトロニック。フォーキーな音の綴織り。ソングライティングの卓抜さ。柔らかな光のような音楽と幽霊のような音楽。シンプルでありながらその音楽が奏でる幽玄で爽やかな相反する世界観がある。

 

30
Satomimagae『Hanazono』(RVNG Intl./PLANCHA)

satomimagae.bandcamp.com

わたしたちの「社会」はどこにあるのだろうか。不定形で不確実で排他的な社会にあって声や歌はどう響くのだろうか。声はどんな微かな声でも強い。それは個の発露だからだ。ならば「歌う」ことは社会にあって常に異質ということになるのだろうか。いや、だからこそ歌わねばならない。この場所から、この空間から。「ここ」と「よそ」をつなぐ声とギターの交錯は、わたしたちの「社会」へと。

 

31
HIDE『Interior Terror』(Dais Records)

hide3.bandcamp.com

激しく打ちつけられるエレクトロニック。シカゴのインダストリアル・ユニットの新作には、この「社会」への異議申し立てがある。怒り、憤り、不満、激情。それらが激しいノイズと重厚なリズムによって明確に表現される。リズムと環境音とノイズのインダストリーな生成変化。身体が変わっても叫び続けろ。

 

32
Meemo Comma『Neon Genesis: Soul Into Matter²』(Planet Mu

meemocomma.bandcamp.com

ネオン・ジェネシスは敢行された。世界は一新され、シン(真・新・心)へと至る。人類補完計画とは心の補完であり、真に至る補完であり、新を生む補完だった。つまり世界と事実と人の混合体的補完。いわばカルチャーの刷新を意味する。カルチャーの刷新は混合にある。ブライトンのエヴァンゲリウストの新作アルバムはポップ・カルチャーの新しさとは、冷たい光のように美しいエレクトロニック・ミュージックによって、刷新された混合体にあることを示す。エレクトロニック・ミュージック、アニメ、ゲーム。そう、光と虚構の世界へ。

 

33
Richard Youngs『CXXI』(Black Truffle)

blacktruffle.bandcamp.com

圧倒的な傑作。讃美歌のような声と不穏でピュアなオルガン・ドローン。音響とフォークのその向こうが側にある世界がここにある。それは現実の融解か。歌うことの融解か。夢と現実の崩壊か。死の領域の接近か。しかしここにある微かな生の持続。これこそ音楽の残存した真の力かもしれない。

 

34

Jeph Jerman & Tim Barnes『Hiss Lift』(Room40)

room40.bandcamp.com

今年の音響作品はこの作品に帰結する。環境録音とノイズが融解し、溶け合って、「別の時間」が生成する。サウンド・コラージュの極地。聴くこととの意味で、聴こているものの無意味さと聴けていない音の世界が同時に生まれていく。霞んだノイズが聴覚を刺激する。

 

35
Phew『New Decads』(MUTE)

phewjapan.bandcamp.com

闘争の記録だ。生存と闘争の電子音楽

 

36
Oval『Ovidono』(uovooo)

oval.bandcamp.com

夢の手前。半覚醒の領域。ピアノの透明な音。無調とハーモニー。微かに崩れるピアノの響き、旋律。かつてのSOの系譜を継ぐようなピアノアンビエント。超高品質なASMRとでもいうべき存在矛盾。ミニマムの結晶と崩れ。グリッチの未来。無。声。ピアノ。微かな崩壊と終わりの音楽。グリッチとピアニズムによる美の結晶。2021年12月23日。突然リリースされた天才のアルバムにして傑作。

 

37

Sadness『April Sunset』(Not On Label / Self-released) 

sadnessmusic.bandcamp.com

悲しみの雨のように。心の雨か。アンビエント・メタリックな音。ブラックゲイズ?シューゲイズ?スローコア?どれも私は詳しくはない。しかしここに悲しみの雨のような憂鬱と激情に強く引かれてしまうのだ。まるで心の傷のような雨、ノイズ。つまり2021年の気分。そして2022年の光へ。

 

38

Divide And Dissolve『Gas Lit』(Invada Records)

divideanddissolve.bandcamp.com

オーストラリア・メルボルン。ヘヴィ/ノイズ・ロック・デュオ。不穏にして力強く打ち付けられる豪雨のごときリズム。声なき声による怒り。世界への闘争。それは尊厳のために。

 

39 
The Body『I've Seen All I Need to See』(Thrill Jockey

thebody.bandcamp.com

ザ・ボディは60年代末期のヒッピーイズムの蘇生を目論む。いうならばメタリック・ヒッピー。21世紀の終末論として共同体再生のインダストリアル・メタリック・サウンド

 

40
HEXA『Material Interstices (feat. Lawrence English & Jamie Stewart)』(Room40)

lawrenceenglish.bandcamp.com

デヴィッド・リンチの音響空間のように。世界の果てにある廃工場のインダストリアル・ドローン。マテリアル。冷たさ。空気。夜。さあ、それではおやすみなさい。2021年。

 

--

1-10

sonhos tomam conta『wired』(Longinus Recordings)
Sewerslvt『We Had Good Times Together, Don't Forget That』(Not On Label /  Self-released) 
Skyshaker『Novox 10』(SVBKVLT)
Yikii『Crimson Poem 深紅之詩』(Danse Noire)
Ulla『Limitless Frame』(Motion Ward)
JPEGMAFIA『LP!』(EQT Recordings)
Vlimmer『Nebenkörper』(Blackjack Illuminist Records)
Deafheaven『Infinite Granite』(Sargent House) 
Helm『Axis』(Dais Records)
aya『im hole』(Hyperdub)

11-20

Dean Blunt『BLACK METAL 2』(Rough Trade)
Arca『KICK ii』『KicK iii』『kick iii』『kiCK iiiii』(XL Recordings)
Loraine James『REFLECTION』(Hyperdub)
Grouper『Shade』(Kranky)
Kraus『View No Country』(Terrible Records)
Parannoul『To See the Next Part of the Dream』(Longinus Recordings)
Ophidian『Call of the Void』(Thunderdome Music)
Lingua Ignota『Sinner Get Ready』(SARGENT HOUSE)
Pan Daijing『Jade』(PAN)
Health『DISCO4+』(Loma Vista Recordings)

21-30

black midi『Cavalcade』(Rough Trade)
Sharp Veins『Lips the Same Color』(YOUTH)
Grand Folly『The Noble Rot』(Not On Label / Self-released) 
Visionist『A Call to Arms』(MUTE)
Oxhy『Woodland Dance』(Xquisite Releases)
Squid『Bright Green Field』(Warp Records
Perila『7.37/2.11』(A Sunken Mall)
Fraunhofer Diffraction『Cycle of the Rose』(Not On Label / Self-released) 
HTRK『Rhinestones』(N&J Blueberries)
Satomimagae『Hanazono』(RVNG Intl./PLANCHA)

31-40

HIDE『Interior Terror』(Dais Records)
Meemo Comma『Neon Genesis: Soul Into Matter²』(Planet Mu
Richard Youngs『CXXI』(Black Truffle)
Jeph Jerman & Tim Barnes『Hiss Lift』(Room40)
Phew『New Decads』(MUTE)
Oval『Ovidono』(uovooo)
Sadness『April Sunset』(Not On Label / Self-released) 
Divide And Dissolve『Gas Lit』(Invada Records)
The Body『I've Seen All I Need to See』(Thrill Jockey
HEXA『Material Interstices (feat. Lawrence English & Jamie Stewart)』(Room40)