2023年はまさに「喪失」と「不在」の一年でした。音もまた「存在」と「不在」の間を行き来するように音楽を聴いていたように思います。
その結果でしょうか、アブストラクトなドローン、アンビエント、フィールドレコーディング作品、ミュージック・コンクレート/コラージュなどの音楽に例年以上に惹かれていました。抽象と具象のあいだにあるような感触が、不在と存在を思わせるからかもしれません。音と記憶。音と光景。音と喪失。
今年選んだアルバム数は40作品です。少し多いかなと思いましたが、どれも思い入れのある作品ばかりです。いわゆるノンビートの静謐なサウンドスケープの作品が中心です。数作、ビート/リズムの入ったアルバムもあります。本来は統一感を出したいので外そうかと思ったのですが、後年、2023年を振り返るときに入っていないと意味がないと思っていれました。
何はともあれ今回選んだ40作のアルバムは2024年の音楽聴取においてもまた重要になりそうな気がします。音響、ノイズ、ドローン。その系譜。そんな世界で音響音楽はすべてレクイエムのように響きました。「不在」への鎮魂として…。
--
「2023年 ベストアルバム 40」
①
Kali Malone『Does Spring Hide Its Joy (feat. Stephen O'Malley & Lucy Railton)(Ideologic Organ)
永遠と縮減。5時間におよぶ持続と変化は、同時に一瞬の、音響の、連鎖でもある。作曲と持続。音響と演奏。弦、ギター、エレクトロニクス。ドローン音楽の理想と尖端とでまいうべきか。2023年1月にリリースされたこのアルバムが、私の今年のベストです。時を綴る氷の音響。このアルバムの硬質な響き、持続、変化と共に2023年の日々があった。
②
Sarah Davachi『Long Gradus: Arrangements』(Late Music)
4時間にわたって変奏されるドローン音楽。聴くほどに時間軸を意識させられる音響。ドローンにおける作曲をストイックに提示する。弦楽四重奏団Quatuor Bozziniによる演奏と他編成での録音を収録している。Quatuor Bozziniのどこか神経質で美麗な演奏・音響もとにかく素晴らしい。
③
Quatuor Bozzini『Éliane Radigue: Occam Delta XV』(qb)
こちらもQuatuor Bozziniの演奏作品。そしてÉliane Radigueの作品。とくれば悪いわけがない。まさにRadigueの音。その持続、その微かな揺れ。その響き。硬質な音の中の柔らかさがある。空気、弦の微かな揺れが類稀な音響、やがて類稀なアンビエンスが生成される。
④
François J. Bonnet & Stephen O'Malley『Cylene II』(Drag City)
幽霊の「存在」のような音響。ドローン、エレクトロニック・ギターとシンセサイザーによる交感的演奏。霧のむこうにある不穏と不安が空間に浸透していく。
⑤
Deathprod『Compositions』(Smalltown Supersound)
幽霊の「存在」ような不可思議なアトモスフィア。生成と無音。持続しない持続。消える音。残像のような響き。そこには「ない」波と空気の音響の交錯。これこそ闇夜の音。メタリック・アトモスフェリック・ドローン。
⑥
Laurel Halo『Atlas』(AWE)
夕暮れとき、世界が「青の時間」に染まる瞬間のアンビエント/アンビエンス。音楽と音響の美しい交錯は、しかしこの「世界」のためにある。そう、これはこの世界への、そしてあの人への、あの時間への、言うならば21世紀の、あの夕暮れに満ちていた青い光の時刻にむけてのレクイエムなのだ。声のないレクイエム。それは…。聴いた数ではカリ・マローンのアルバムと並ぶ。おそらくは2020年代ベストにも選ばれるに違いない傑作と思う。
⑦
Ben Frost & Francesco Fabris『Vakning』(Room40)
フィールド・レコーディングが崇高な領域なまでに深化した途轍もないアルバム。世界の生成へ。環境音ノイズ。環境音ドローン。環境音インダストリアル。環境音ダーク・アンビエント。エクスペリメンタルミュージックにおける「神的」存在のアルバムがここにある。強烈な音響空間。
⑧
Lucy Railton『Corner Dancer』(Modern Love)
現代音楽とサイケデリックは60年代においてそう遠い関係ではなかったことを思い出させてくれる。音そのもの。ミニマム。一音。その拡張。サイレンス。サイケデリック。それは無音と音との関係性の追求でもある。これぞモダンミュージック。音楽はここまできている。
⑨
Mieko Suzuki『ödipus, herrscher』(raster)
電子の舞踏。硬質な電子音響が炸裂する。物質と人間が交錯し、世界の不穏が浮かび上がるかのごときノイズ音響劇が優雅に展開されていく。電子音響の現在形。
⑩
Jules Reidy『Trances』(Shelter Press)
なんて煌めくような音だろう。アコースティックなギターとデジタルグリッチが眩い光の中に交錯し、アンビエンスな感覚とプレグレッシブな感覚が交錯する。エレクトロ・コーステイックの結晶がここに。
⑪
Carmen Villain『Music From the Living Monument』(Smalltown Supersound)
夜のしじまに沈み込む幻想音楽としてのアンビエント。人形たちの宴の背後になっている音響の生成と消失。
⑫
Alva Noto『This Stolen Country of Mine』(Noton)
彼のサウンドトラックは音楽と映像のあいだで不思議にいつも自律している。光と空気と電子の音響空間アンビエンス。
⑬
Blanket Swimming『Cloudlands』(Open Colour Imprint)
約10時間に及び霧のような、光のような、空気のようなアンビエント/コンポジション。時が溶ける。朝から夕暮れ。夜へ。「すべて」の時間に融解していくロングタイム・アンビエント。
⑭
Jim O'Rourke『Hands That Bind』(Drag City)
〈Drag City〉からリリースされたこのアルバムは、Kyle Armstrong監督の映画作品の音楽だが、その音楽性の密度の高さ、繊細さなど彼のソロ・アルバムの中でも一際完成度の高い音楽に仕上がっていた。オルークが活動初期から追及してきた「映画/音楽」の傑作音響・音楽。
⑮
Chantal Michelle『66 Rue L』(Warm Winters Ltd.)
NYのサウンドアーティスト/ピアニスト、シャンタル・ミッチェルの静謐なピアノと環境録音・エレクトロニクスとメキシコの即興演奏家/サクソフォニストのヘルマン・ブリンガスのサックスが音響空間の中で溶けあうように交錯する。暗いジャズと現代音楽とフィールドレコーディングが空気を一変させてしまう。
⑯
Aho Ssan & Nyokabi Kariũki『Rhizomes』(Other People)
ハイブリッド・インダストリアル。都市と不穏。抵抗。運動体。カオティックなアナーキズム運動体としてのサウンド・ユニットのリゾーム的説毒。この現代に生きるものたちのビート、ノイズ、ヴォイスがここにある。闘争とダンスと声の交錯、いわばリゾーム。
⑰
Shapednoise『Absurd Matter』(Weight Looming)
ハードコアなノイズ・インダストリアル・ヒップホップの極北。これもまた「尖端」音楽の系譜だろう。強烈。モダンの先のハイ・モダン。それは激しくもクールな無名性の炸裂か。それはいわば不穏の時代のサウンドトラック。
⑱
Claire M Singer『Saor』(Touch)
幽玄な質感のアンビエント/ドローン。まるで教会で奏でられる音楽のようなドローンともいえる。心を清めるように音を浴びる。音を聴く。心身の調律のように。
⑲
Flora Yin-Wong『Cold Reading』(Modern Love)
コラージュされる音響によるアジアの記憶。京都。韓国・幻想と現実の交錯による音響空間が美しい。これもまた「尖端」の現在形。
⑳
Christina Giannone『Reality Opposition』(Room40)
音の粒子によるデジタル・ドローン。まるで雪の結晶か、光のシャワーのようなサウンドスケープが美しい。浮遊するような時間と持続がたまらない。
㉑
Pita & Friedl『Pita / Friedl』(Karlrecords)
ZeitkratzerのリーダーReinhold Friedlとピーター・レーバーグのデュオアルバム。2021年、ピタが急逝する直前のレコーディングが収録されている。硬質な電子音響の優雅にして強靭な交錯。無調のピアノが美しい。クナセキスの継承とは言い過ぎだろうか。
㉒
Radian『Distorted Rooms』(Thrill Jockey/Headz)
マシン。ヒューマン。ロック。90年代のトータス以降、「歴史」以降の世界を進化させるポスト・ロックの現在形が眩しさと共に鳴り響いている。いやニューウェイブの継承か。同時にとても構造的な音楽だ。クール。
㉓
Richard Chartier『Recurrence.Expansion』(Portraits GRM)
90年代後半以降の電子音響のひとつの到達点か。無機的な音が浮遊し持続する。澄んだ空気のようなデジタルドローンの結晶にして、ミニマル・ドローン・ミュージックの現在形。
㉔
Mary Jane Leach『Wood wind Multiples』(Modern Love)
計9本の管楽器の合奏によるドローン。NYのベテラン・サウンド・アーティストが鳴らす優美なドローンは旋律も和音もすべてが1音の中に溶けていくような豊かさがある。
㉕
Áine O'Dwyer『Turning in Space: Motorwave』(Blank Forms Editions)
フィールドレコーデイングを崇高な音にまで深めていく音楽家の2023年作のひとつ。まさにサウンド/シネマ。
㉖
Perila『On the Corner of the Day』(Shelter Press)
夢と現実の境界線のような、現実と夢幻の環境録音作品。薄明かりの光のような、もしくは太陽の光に世界が白化するような音響。
㉗
Kate Carr『Fever Dreams』(Mana)
柔らかで抽象的な電子音と環境音が乾いた音響の空間をつくりだす。最小限の音の、不規則な連なりが、しかし心地よく鳴る。
㉘
Lisa Lerkenfeldt『Shell Of A City』(Room40)
冷たいコンクリートのようなドローン/アンビエント。聴くほどに都市の質感を抽象化したような感覚を得ることができる。
㉙
Cindytalk『When the Moon is a Thread』(LINE)
ここにきてCindytalkがデジタル・ノイズ・ドローンの名品をリリースした。時間と空間に浮遊するような音の粒子、持続。
㉚
Samuel Reinhard『Two Pianos and String Trio』(Präsens Editionen)
スイスのサウンドアーティストによるピアノと弦楽三重奏による音楽。現代音楽的な楽曲の向こうに微かに聴こえる空間のざわめき。これもまたout of noiseな音楽。
㉛
Pjusk & Arovane『Svev』(Polar Seas)
ノルウェーのPjuskとドイツのArovaneのコラボレーションが予想外に良かった。近年アンビエント化したArovaneとPjuskのサウンドの相性が抜群で精密かつ美麗なアンビエント・ダブに仕上がっている。深く沈み込んでいく美的音響空間。
㉜
Philip Jeck & Chris Watson『Oxmardyke』(Touch)
亡きPhilip Jeckのフィールドレコーディング音源をChris Watsonがまとめた最高の環境録音作品。・世界/音の生々しさにうたれる。
㉝
Slikback『T a P E S T R Y』
ナイロビ・ケニアから発せられた今年最高最強のテクノイズ。炸裂する電子ノイズには、「無」と「感情」が同時に炸裂生成されて聴き手を直撃する。この作品もまた今の時代特有の「エモーショナル・ノイズ」が横溢している。
㉞
Khanate『To Be Cruel』(Sacred Bones Records)
殺気と沈黙。音響とノイズ。空間と静寂。空間とノイズを切り裂く脅威の復活作。緊張感に満ちたまるで武満徹のようなメタル/ドローンの傑作である。
㉟
Yara Asmar『Synth Waltzes and Accordion Laments』(Hive Mind Records)
レバノンのアーティストのアルバム。電子音にアコーディオンに声。親密な幽玄なアンビエント・クラシカル。黄泉の国から聴こえるような歌曲のような音楽性。強く深く美しい。
㊱
KMRU『Dissolution Grip』(OFNOT)
コロナ以降の世界を生きたものは、ロックアウトされたあの時期の記憶を持ち続ける、それはアンビエント・ドローンにも反映され続ける。エモーショナル・アンビエント。
㊲
Kassel Jaeger『Shifted in Dreams』(Shelter Press)
INA GRMのKassel Jaegerの新譜はこれまでよりもさらに夢の中のようなムードに。心地よく、しかも幻の空間を彷徨うな音響。
㊳
Beatriz Ferreyra『UFO Forest +』(Room40)
60年代にシェフェールのアシスタントとしてGRMに入社した電子音楽家の最新作。オーセンティックな電子音響が、その本質を維持しつつ、さらに未知の音響へと拡張していくさまを、サウンドの隅々から聴き取ることができる。
㊴
Voice Actor『Fake Sleep』(STROOM.tv)
オランダのデュオによるどこかASMRを思わせる声と電子音とコラージュによる夢のようなイメージのエレクトロニカ。
㊵
Jérôme Noetinger & Anthony Pateras『15 Coruscations』(Penultimate Press)
硬質な電子音楽、その15のコンポジション/バリエーション。煌めくような電子音が、無機質に鳴り響く。
--
Ryuichi Sakamoto『12』(Commmons /Milan)
最後にランク付けから離れた例外的に特別なアルバムを置いておきます。このアルバムの音は、日々の音、時間、空気のようです。漂う時間がある。日記のように現在進行形の音楽としてまずは世に出たことを忘れてはならないと思います。
--
1-10
Kali Malone『Does Spring Hide Its Joy (feat. Stephen O'Malley & Lucy Railton)(Ideologic Organ)
Sarah Davachi『Long Gradus: Arrangements』(Late Music)
Quatuor Bozzini『Éliane Radigue: Occam Delta XV』(qb)
François J. Bonnet & Stephen O'Malley『Cylene II』(Drag City)
Deathprod『Compositions』(Smalltown Supersound)
Laurel Halo『Atlas』(AWE)
Ben Frost & Francesco Fabris『Vakning』(Room40)
Lucy Railton『Corner Dancer』(Modern Love)
Mieko Suzuki『ödipus, herrscher』(raster)
Jules Reidy『Trances』(Shelter Press)
11-20
Carmen Villain『Music From the Living Monument』(Smalltown Supersound)
Alva Noto『This Stolen Country of Mine』(Noton)
Blanket Swimming『Cloudlands』(Open Colour Imprint)
Jim O'Rourke『Hands That Bind』(Drag City)
Chantal Michelle『66 Rue L』(Warm Winters Ltd.)
Aho Ssan & Nyokabi Kariũki『Rhizomes』(Other People)
Shapednoise『Absurd Matter』(Weight Looming)
Claire M Singer『Saor』(Touch)
Flora Yin-Wong『Cold Reading』(Modern Love)
Christina Giannone『Reality Opposition』(Room40)
21-30
Pita & Friedl『Pita / Friedl』(Karlrecords)
Radian『Distorted Rooms』(Thrill Jockey/Headz)
Richard Chartier『Recurrence.Expansion』(Portraits GRM)
Mary Jane Leach『Wood wind Multiples』(Modern Love)
Áine O'Dwyer『Turning in Space: Motorwave』(Blank Forms Editions)
Perila『On the Corner of the Day』(Shelter Press)
Kate Carr『Fever Dreams』(Mana)
Lisa Lerkenfeldt『Shell Of A City』(Room40)
Cindytalk『When the Moon is a Thread』(LINE)
Samuel Reinhard『Two Pianos and String Trio』(Präsens Editionen)
31-40
Pjusk & Arovane『Svev』(Polar Seas)
Philip Jeck & Chris Watson『Oxmardyke』(Touch)
Slikback『T a P E S T R Y』
Khanate『To Be Cruel』(Sacred Bones Records)
Yara Asmar『Synth Waltzes and Accordion Laments』(Hive Mind Records)
KMRU『Dissolution Grip』(OFNOT)
Kassel Jaeger『Shifted in Dreams』(Shelter Press)
Beatriz Ferreyra『UFO Forest +』(Room40)
Voice Actor『Fake Sleep』(STROOM.tv)
Jérôme Noetinger & Anthony Pateras『15 Coruscations』(Penultimate Press)
Ryuichi Sakamoto『12』(Commmons /Milan)
--